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発災から一年を迎えた西日本豪雨。
倉敷市主催の追悼式が執り行われました。
鎮魂の祈りと復興に向けての決意……様々な想いが交錯した集い。
平成最悪の豪雨災害となった西日本豪雨の被災から一年を迎えた七月六日、倉敷市主催の「平成30年7月豪雨災害 倉敷市追悼式」並びに「平成30年7月豪雨災害の碑 除幕式」が、倉敷市真備支所で開催されました。
株式会社いのうえでは、この追悼式と除幕式の設営、式典運営を受諾。総勢二十五名のスタッフが、お手伝いさせていただきました。
設営は、二日前の七月四日からスタート。昨年の豪雨を持ち出すまでもなく、例年ならば雨の心配をすべき時期ですが、ようやく梅雨入りはしたものの、空梅雨を心配するような日々が続き、お陰様で、本番までの三日間もお天気は保ちました。
追悼式の会場は、倉敷市真備支所の駐車場。植え込み等もあり、テントの配置や祭壇奥のパネルの設置に苦慮する部分もありました。また、テント内での式典となるため、暑さによる熱中症対策として、受付の脇にお茶のサービスコーナーを開設。ご参列の方に、十分な水分補給をお願いしていくこととしました。
こうして迎えた当日は、一年前の“あの日”が信じられないくらいの好天。真備地区で肉親を亡くされたご遺族をはじめ、伊東香織 倉敷市長、伊原木隆太 岡山県知事をはじめ、国会・県議会・市議会の議員の方々、さらには倉敷市の職員の方など、約二百九十名の参列となりました。
式典では、まずお亡くなりになった倉敷市民の方々六十二名のお名前が読み上げられた後、参列者全員で黙祷。続いて伊東市長からお言葉がありました。
また、遺族代表のご挨拶では、会場内からすすり泣く声も。その後、参列者全員が順に献花台の前に進んで白菊を手向け、改めて犠牲となられた方々のご冥福をお祈りした次第です。一方、一般の方も数多くご来場になり、献花の列が途切れることがありませんでした。
その後は、同じ敷地内で正面入口付近へ移動。「平成30年7月豪雨災害の碑 除幕式」を執り行いました。
真備町では、まだまだ片付けの終わらない家屋も点在し、何より未だに自宅に帰れないという方も多数いらっしゃるというのが現実です。
しかしながら、こうして鎮魂と哀惜、さらには復興へ向けての決意など、様々な想いが交錯する時を共に過ごすことで、より良い明日へ向かって歩を進めることに繋がっていくような気がいたします。